2016年10月10日

北品川ゴジラ第二形態及び第三形態関連地

今日もまた北品川で「シン・ゴジラ」の聖地巡礼してまいりました。たぶん、蒲田くんはこっちの方から品川宿にやってきたものと思われます。
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しかし、そのまま八ツ山に向かうと坂にかかるので、熱いし辛いし、敬遠して直角に曲がった?
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ここは映画でも印象的なシーンでした。(クリックで拡大します)
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いかにも品川的な光景ですね。(クリックで拡大します)
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この辺りで再び八ツ山方向(手前)に向きを変えて第二形態から第三形態に変化してる筈なんですが、変化した時のシーンに元来た方の地点も映っているので、いったん引き返した可能性もあります。
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更にここで立ち上がる。品川くんの誕生です。後で右手の高層住宅を破壊して運河方向に遁走。
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品川くんが佇んでいたのはこの辺り。北品川駅と八ツ山の踏切を破壊。やがて攻撃ヘリが飛んできます。
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しかし、逃げ遅れた住民を偵察ヘリが発見。首相は攻撃中止を下命。人が居た踏切はここです。近くには他にも踏切があるのですが、背後に勾配があり高架も見えていたので間違いありません。
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上から観るとこんな感じ。現在日本で一番有名な踏切かも。('-'*)
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住民が避難していた品川神社、左手に見えているのは富士山のミニチュアである富士塚です。
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階段のシーンが映画にありました。
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富士塚の上からみた風景です。京急の高架の向こうを蒲田くんが街を破壊しながら通過。恐かったでしょうね。
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オーバーヒートした品川くんは再び海に還りました。運河に飛び込んだのはたぶんこの辺りかと。ちなみにこの奥は蒲田くん形態で1度通過している筈なんですが、品川くん形態でも通過しています。やはり1度引き返した?
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こっちに向かった筈なのですが、色々と壊していそうです。迷惑なやっちゃ。('-'*)
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壊したと言えば、ゴジラは京浜急行の車両をぶっ飛ばしてました。宙を舞う車両と共に一瞬映っていたのは、たぶん一番奥の警報器だと思われます。この八ツ山踏切と北品川駅の上り側が破壊されました。車両は第一京浜に落下。
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ゴジラに破壊された北品川駅のホームです。
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八ツ山鉄橋です。ここは東京の鉄道が集中している地点です。京急が身代わりになって他の鉄道を守ったとも言えるかも。映画の終盤は鉄道達の弔い合戦?(ここは終電ちゃん脳)下を無事だった京浜東北線が走っているシーンが後で出てきます。
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京急の八ツ山鉄橋は初代ゴジラが真っ先に破壊した構造物です。手前のアーチは昔の道路橋です。
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地元の商店街にこんな張り紙が。確かに、ここは北品川ですね。('-'*)
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こんな居酒屋もありました。店の前にゴジラの石像があります、しかも、そこそこ古そうです。考えてみれば初代ゴジラが東京に上陸したのも八ツ山でした。元々ゴジラに縁がある土地なのですね。もちろん、シン・ゴジラもそれを意識しているのでしょう。
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現地歩くとゴジラが見えてくる気がしますね。
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2016年10月09日

羽田沖ゴジラ第一形態出現

東京モノレール「羽田空港国際線ビル駅」に行ってきました。ホームの端にフォトスポットという写真撮影エリアが設置されているのです。映画「シン・ゴジラ」で、羽田沖においてゴジラ第一形態が出現したシーンがここから撮影されたらしいのです。
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フォトスポットに行ってみましょう。
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こんな光景が広がっています。
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映画の第一形態出現シーンはこんなのでした。(クリックで拡大します)
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映画のシーンとほぼ一致します。(クリックで拡大します)
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比較すると、映画では若干低い位置で左に若干寄っているようです。左に見えているテラス状の場所にカメラを設置して撮影したのではないでしょうか?
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動画も御覧下さい。


シン・ゴジラの聖地巡礼している女の子がいました(マンガは脚色されています('-'*))
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2016年10月01日

みんなで歌おう雪の進軍!

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ガールズ&パンツァーのプラウダ戦で、偵察に出た秋山とエルヴィンが歌っていた歌です。日本の軍歌で最も有名なもののひとつでしょう。作詞、作曲を手がけた永井建子(ながいけんし)はシャルル・ルルーに師事した陸軍軍楽隊の草分け的存在で、多くの有名な軍歌や楽曲を手がけ、陸軍軍楽隊隊長も務めています。雪の進軍は永井の日清戦争従軍体験が元になっていると言われています。

雪の進軍
作詞:永井建子 作曲:永井建子
1.
雪(ゆき)の進軍(しんぐん) 氷(こおり)を踏(ふ)んで
何處(どこ)が河(かわ)やら 道(みち)さへ知(し)れず
馬(うま)は斃(たお)れる 捨(す)ててもおけず
此處(ここ)は何處(いづこ)ぞ 皆(みな)敵(てき)の國(くに)
儘(まま)よ大膽(だいたん) 一服(いっぷく)やれば
頼(たの)み少(すく)なや 煙草(たばこ)が二本(にほん)
2.
燒(や)かぬ乾魚(ひもの)に 半(はん)煮(に)え飯(めし)に
なまじ生命(いのち)の ある其(そ)の内(うち)は
堪(こら)へ切(き)れない 寒(さむ)さの焚火(たきび)
煙(けぶ)い筈(はず)だよ 生木(なまき)が燻(いぶ)る
澁(しぶ)い顏(かお)して 功名(こうみょう)談(ばなし)
「粋(すい)」と云(い)ふのは 梅干(うめぼ)し一(ひと)つ
3.
着(き)のみ着(き)のまま 氣樂(きらく)な臥所(ふしど)
背嚢(はいのう)枕(まくら)に 外套(がいとう)かぶりや
背(せな)の温(ぬく)みで雪(ゆき)融(と)けかかる
夜具(やぐ)の黍殻(きびがら) シッポリ濡(ぬ)れて
結(むす)びかねたる 露營(ろえい)の夢(ゆめ)を
月(つき)は冷(つめ)たく顏(かお)覗(のぞ)きこむ
4.
命(いのち)捧(ささ)げて 出(で)てきた身(み)ゆゑ(え)
死(し)ぬる覺悟(かくご)で 突喊(とっかん)すれど
武運(ぶうん)拙(つたな)く 討(う)ち死(じ)にせねば
義理(ぎり)に絡(から)めた 恤兵(じゅっぺい)眞緜(まわた)
そろりそろりと 首(くび)締(し)めかかる
*どうせ生(い)かして 還(かへ)さぬ積(つ)もり

**どうせ生(い)きては 還(かへ)らぬ積(つ)もり

軽快な曲調ながら、実体験に基づいた美化されないリアルな戦場描写とそこはかとないユーモアが特徴です。

「粋(すい)」とは「粋(いき)」な話のこと。それを「酸(すい)」に引っ掛けて、戦場には粋な事なんてなく、梅干しくらいだねという意味。辛酸にもかけているのでしょう。
「恤兵眞緜」とは戦場の兵士への慰問品の真綿のこと、植物の綿ではなく、絹を取る蚕の繭をほぐして作ったもので、防寒用品として昔の慰問品の定番でした。戦場の兵士への期待を真綿に例えて心理的な重圧を表現しています。「真綿で首を締めるような」という言葉もありますよね。
*は、俺たちが生還するより勇戦して戦死する事を期待しているのだろうな…という自嘲じみた結びですが、かなり際どい内容なので、昭和に入ったずっと後に、**に歌詞が修正されてしまいました。これだと真逆の意味になってしまいます。秋山とエルヴィンが歌っていたのはこれです。
もちろん永井には反戦的な意図など無く、素直に戦争を描写したのだと思います。大半の兵士が気にせずに歌っていたようですし、大山巌元帥はこの歌が大のお気に入りだったそうです。明治は大らかな時代だったのでしょう。
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2016年09月30日

ジャパンマリンユナイテッド磯子に行ってきた

護衛艦「かが」が居ないときに、いつも死角になっている天城浮き桟橋を撮影しようと磯子のジャパンマリンユナイテッドに行ってきました。すると凄いタイミングで「かが」が戻ってきて接岸中でした。
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「かが」まで距離があったので、天城浮き桟橋の全容を、始めて観ることができました。とてもラッキー!この浮き桟橋は関東大震災で破損した、巡洋戦艦天城の水密区画を流用して作られたものです。ここで「かが」が艤装工事を行ったのは感慨深いです。天城の代わりに解体を免れて空母として生まれ変わったのが加賀。そして再び「かが」を送り出す天城。どんな会話があるんでしょうね?
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護衛艦「かが」と並んで、フェリー「さんふらわあふらの」が艤装工事中です。これは現在の「さんふらわあふらの(旧へすていあ)」の代わりとなる新造船で来年に就航予定です。大洗で見かける事になるでしょう。ヘスティア様は海外に売り飛ばされるのだろうか?
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こうしてみると、ふらのって大きいわよねぇ。かがも凄く巨大な艦なのだけど負けていません。
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鎌倉の海

ゴジラの上陸地点付近、現地に行ってみると思ったより狭かったです。ゴジラがとてつもない大きさに感じたけど、設定身長が118.5mだからそんなものか。第四形態のゴジラは居ませんでした。('-'*)
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2016年08月28日

海老取川侵入

多摩川に行ってきました。対岸から羽田側を望んだ風景です。アクアラインに出現したゴジラは多摩川を遡上して蒲田に向かいましたが、最初に多摩川から陸側と羽田空港を隔てる海老取川に入っています。中央に見えている赤い鳥居付近が海老取川(運河)河口です。
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そのクローズアップ。広大な多摩川に比較して海老取川がかなり小さいです。ゴジラの第1形態って余り大きくないのですね。
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弁天橋からみた海老取川河口です。これと同じ画が映画にありました。あれは多摩川から海老取川に侵入するシーンだったのですね!
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穴守橋から整備場側を望んだ風景です。この奥に海老取川と呑川の合流点があります。
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複雑で、やや不自然なルートに見えますが、このルートだと京浜急行に大きなダメージが生じると思われます。海老取川で天空橋駅と京急羽田線を破壊、呑川で京急蒲田駅で破壊、品川で北品川駅と電車を破壊。ゴジラは京急に恨みでもあるのでしょうか?('-'*)
ヘリが飛んでいたのでシン・ゴジラの登場した「いぬわしか」!!と期待したら同じ羽田基地の「わかわし」でした。
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2016年08月22日

シン・ゴジラ ファースト・インプレッション

夏コミ向けに作った、シン・ゴジラ突発コピー誌をネット公開いたします。なにぶんにも公開2日目に作る事を決意したので、色々と不備な面があるのはご容赦ください。冬コミではもっと充実した本を作りたいものです。
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2016年08月08日

品川襲来

北品川駅近く、ゴジラが立っていた場所。
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踏切の警報器
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ゴジラの目の前の踏切
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映画では鉄橋の奥にゴジラの姿が。
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奥から飛来する戦闘ヘリがカッコ良かった。
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ところでマンガ「終電ちゃん」で山の手線の終電ちゃんがソウルフードであるラーメンを屋台で食べているのはここですが、ゴジラの直近にあたります。破壊されたかも…
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山の手線の終電ちゃんにとってゴジラはきっと敵なのでしょう。('-'*)
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2016年08月07日

ゴジラ蒲田襲来

東京湾アクアライン付近に出現したゴジラは羽田空港の南側を回り込み、首都高速湾岸線の多摩川海底トンネルを破壊して、陸と羽田空港を隔てる、多摩川の支流の海老取川を経由して、そこから呑川を遡上し、蒲田に向かったと思われます。写真はアクアライン「風の塔」
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海老取川河口付近にある大鳥居。
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海老取川可動橋
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弁天橋からみた海老取川、右側が羽田空港。
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右手前に海老取川と呑川の合流点があります。(クリックで拡大します)
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呑川河口付近の状況です。河川沿いには民家や町工場、倉庫などが密集しています。
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蒲田方向を望む、蒲田より下流の新呑川は人工河川で低地の治水のために改修整備されました。完成したのは昭和のはじめで、河口から蒲田付近まではほぼ一直線です。
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橋が多くかかっていますが、ゴジラに破壊されていったのでしょう。また映画でプレジャーボートをゴジラがスイープしてましたが、違法な係留船舶が多いようです。
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産業道路と呑川が交差する付近で、映画でも印象的なシーンとして登場します。
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京急線を過ぎると呑川はカーブするようになります。
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蒲田駅前の通りと呑川が交差する「菖蒲(あやめ)橋」です。奥にJR蒲田駅が見えます。ゴジラはここで上陸してJR蒲田駅方向に進んでいったものと思われます。
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JR蒲田駅から呑川方向を望む。映画でゴジラが血を流しながら進んできた場所です。
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今日は蒲田の夏祭りでシン・ゴジラの展示もありました。蒲田のロケは去年の9月に行われたとのこと。
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展示していたロケ風景の写真パネル。
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庵野総監督と樋口監督。
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2016年08月06日

多摩川絶対防衛線

シン・ゴジラ、多摩川絶対防衛線の戦いにおいて自衛隊の「タバ作戦」戦闘指揮所が置かれていた多摩川浅間神社に行ってきました。
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多摩川浅間神社は東急「多摩川駅」の直ぐ隣の多摩川に面した丘の上にあります。
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社務所の鉄筋コンクリートの建物の屋上が本殿前の広場と同じ高さの展望台になっています。かなり広いので、戦闘指揮所が置かれていたのはここでしょうね。現場を一望にできますよ。お薦めのポイントです。
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この場面は映画にもありましたね。
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JR川崎駅にあった巨大なシン・ゴジラのパネル。
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場所を特定する事ができました。手前の10式戦車は河川敷に下る斜路の上にいるようです。
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ここに並んでいたのでしょうね。もう一段上の道路の可能性もありますが。下の河川敷と対岸にも配備されています。丸子橋の右端奥に見えている森が多摩川浅間神社です。
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ゴジラがぶっ壊した丸子橋。
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ゴジラは写真を左から右に移動していき、丸子橋を破壊して渡河しました。(クリックで拡大します)
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こんな感じかな?ヽ(^0^)ノ
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