2017年08月04日

日ノ出町駅のふしぎ(続)

戸部駅も調べてきました。戸部駅は、日ノ出町駅や平沼駅と違って島型のホームになっています。
aDSC09685.jpg
島型のホームなので、他の駅とやや異なった構造です。ただ新旧ははっきり見分けられます。これは横浜方向を望んだところ。手前の古めかしい鋲構造の柱を境にして奥が新しい拡張部です。
aDSC09698.jpg
これは横須賀側のホームの拡張部の境界です。鉄骨構造が異なっているのが判ります。この範囲が昭和6年の開業当時のホームなのでしょう。歩測で測ってみると50m弱ありました。平沼駅や日ノ出町駅とほぼ同じです。
aDSC09712.jpg
境界部のクローズアップです。新旧がとても判りやすいですね。昔の鉄骨構造の方が優雅なデザインに見えます。
aDSC09729.jpg
屋根と接している部分には一部に古レールも使われていますが、基本的にはトラスを併用した普通の鉄骨材を使用しています。島型ホームで屋根を片持ちで支える都合上強度が必要だったのだと思います。とはいえ昔の鉄骨構造は鉄板を鋲接して複雑な形を組んでいるので大変そうです。
aDSC09690.jpg
戸部駅から野毛(横須賀側)のトンネル方向を望んだところ。トラスの架線支持構造物は開業当時からのものと思われます。
aDSC09724.jpg
補足)
日ノ出町駅の跨線橋に使われている古レールに刻印がよく見えています。
aDSC09737.jpg
BV&CoLD 1900 KR という文字がはっきり見分けられます。先に見つけたレールと同じですね。英国ヨークシャー州のミドルスブラ「ボルコウ・ボーン株式会社」(Bolckow, Vaughan & Co.)が関西鉄道のために製造した1900年製の鉄道レールです。まだ日本が鉄道レールを製造できなかった頃。ヴィクトリア女王が存命だった19世紀の鉄道レールです。
bDSC09737.jpg

posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2017年07月30日

日ノ出町駅のふしぎ

京浜急行電鉄日ノ出町駅はちょっと変わっています。品川側が直ぐにトンネルですし、ホームが異様にカーブしています。ホーム中間範囲の屋根と架線を支持している構造物は古いレールで出来ています。これは品川方向を望んだところ。
aDSC09630.jpg
これは横須賀側を望んだところです。新しい鉄骨とレールの構造物の境界が見えます。
aDSC09609.jpg
良くみるとレール構造物と鉄骨構造物の境界でホームの形式も異なっています。レール構造物の範囲はホームが駅の構造物と一体ですが、鉄骨構造物部分は、明らかに後から追加されたものです。調べて見ると、昭和6年に湘南鉄道の始発駅であった黄金町駅に、京浜鉄道が野毛山にトンネルを掘って横浜から線路を伸長させました。日ノ出町駅はその時に新設された3つの駅(他は戸部駅と平沼駅)の1つです。レール構造物の範囲は当時のホームでその後に拡張されたのでしょう。歩測で測ってみたところ50m強の長さしかありませんが、当時はそれで間に合ったのでしょうね。ホームが短かった時はカーブもさほど影響無かったのでしょうが、現在は色々と安全上の苦労もありそうです。
aDSC09616.jpg
横浜駅に近い平沼駅は、横浜大空襲で大損害を受けて廃駅となりましたが、ホームは現在も残っています。老朽化で撤去されましたが、何年か前まで架線支持のためにレール構造物が残っており、形状は日ノ出町駅にそっくりでした。ホームも非常に短くて昔の日ノ出町駅もこんな感じだったのでしょう。
aDSC_0021.jpg
古いレールを使った構造物は、いわば廃材利用と言えますが、複雑に組み合わさってアーチを描く姿はとても優雅で美しいですね。鉄骨建材が高価だった時代に古レールはポピュラーな材料でした。
aDSC09615.jpg
品川側の跨線橋にも古レールが使われています。
aDSC09608.jpg
上り線側昇降口脇の柱にはタイルモザイクで描かれた三浦半島の地図があります。
aDSC09620.jpg
裏にも地図がありました。古レールがアーチを描いています。新しく三浦半島を結ぶ駅という意気込みの象徴でしょうか?
aDSC09635.jpg
タイルモザイク地図は良くみると細かく表現されています。日ノ出町の位置のタイルが黒色です。
aDSC09638.jpg
ところで、この古レールの由来は判らないでしょうか?メーカーはどこか?年代は?何か手がかりがないかとウロウロしていたら、親切な駅員さんが刻印が残っている場所がありますよと教えて下さいました。確かに何かが見えます。
aDSC09617.jpg
読みにくいので、フォトショップでコントラスト強調してみたら、以下の文字が浮かび上がってきました。
BV&CoLD 1900 ?R
ボルコウ・ボーン株式会社(Bolckow, Vaughan & Co.)という英国イングランド北部ヨークシャー州ミドルスブラという都市にあった製鉄会社のようです。1900年製造ですから今から120年近く前の鉄道レールなのですね。最後の略号は発注した鉄道会社を示すようですが、はっきり読み取れませんでした。IJRであれば大日本帝国官営鉄道(国鉄)となります。八幡製鉄所が稼働して鉄道レールの製造を始めたのは1901年の事で、完全に国産に移行したのは1926年だそうです。このレールははるばる海を渡って英国からやってきたと思うと、見る目が違ってきますね。('-'*)
aDSC09650.jpg
というわけで今日も赤い電車が走ります。
aDSC09656.jpg
補足)
日ノ出町駅、開業直後の昭和7年の写真を発見しました。やはりホームは今より短く、古レール製の架線支持構造物も現在のままです。どうも手前にあるトラス式架線支持構造物もそのままらしい。ホームが伸長した時に埋め込まれているようです。
日ノ出町.JPG
aDSC09628.jpg
補足2)
発注者記号は最後のRしか判らなかったのですが、KR(関西鉄道)でした。関西圏のJRの元となった明治時代の鉄道会社ですね。跨線橋にもボルコウボーン1900年製レール(関西鉄道)が使われておりこらは刻印が良く残っています。
補足3)
レールに刻印があったボルコウボーン株式会社「Bolckow Vaughan&Co.Ltd」について。イングランド、ヨークシャー州のミドルスブラという町にあった製鉄会社だそうです。ミドルスブラはクエーカー教徒がつくった町で、地元の豊富な鉄鉱石と石炭の鉱床を利用した製鉄会社ボルコウボーン株式会社が発展しました。先進的な高炉技術によって成長して、日ノ出町駅の古レールを製造した1900年頃は世界有数の製鉄会社だったようです。しかし、第一次世界大戦の製品の多様化と技術革新についていけず1929年に倒産しました。ほとんど消滅といった感じだったようです。日ノ出町駅ができた1931年にはもう会社は潰れていた訳ですね。諸行無常。



posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2017年01月24日

アルジェントソーマ日記(ネタバレ注意)

AbemaTVでアニメ「アルジェントソーマ」が始まりました。大好きなアニメなので嬉しいです。Twitterのトレンドに入ったのがびっくりでした。
ハードディスクを漁ったら放映当時に作ったコピー誌の原稿が出てきました。当時の某MLで交わされた会話からの抜粋です。かなり内輪ネタに満ちていて、何の事か判らないかもしれませんが。(笑)
ネタバレがありますので、未視聴の方は最後まで御覧になってから読むことをお薦めします。
アルジェントソーマ日記.pdf
posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2016年10月01日

みんなで歌おう雪の進軍!

P1150073.JPG
ガールズ&パンツァーのプラウダ戦で、偵察に出た秋山とエルヴィンが歌っていた歌です。日本の軍歌で最も有名なもののひとつでしょう。作詞、作曲を手がけた永井建子(ながいけんし)はシャルル・ルルーに師事した陸軍軍楽隊の草分け的存在で、多くの有名な軍歌や楽曲を手がけ、陸軍軍楽隊隊長も務めています。雪の進軍は永井の日清戦争従軍体験が元になっていると言われています。

雪の進軍
作詞:永井建子 作曲:永井建子
1.
雪(ゆき)の進軍(しんぐん) 氷(こおり)を踏(ふ)んで
何處(どこ)が河(かわ)やら 道(みち)さへ知(し)れず
馬(うま)は斃(たお)れる 捨(す)ててもおけず
此處(ここ)は何處(いづこ)ぞ 皆(みな)敵(てき)の國(くに)
儘(まま)よ大膽(だいたん) 一服(いっぷく)やれば
頼(たの)み少(すく)なや 煙草(たばこ)が二本(にほん)
2.
燒(や)かぬ乾魚(ひもの)に 半(はん)煮(に)え飯(めし)に
なまじ生命(いのち)の ある其(そ)の内(うち)は
堪(こら)へ切(き)れない 寒(さむ)さの焚火(たきび)
煙(けぶ)い筈(はず)だよ 生木(なまき)が燻(いぶ)る
澁(しぶ)い顏(かお)して 功名(こうみょう)談(ばなし)
「粋(すい)」と云(い)ふのは 梅干(うめぼ)し一(ひと)つ
3.
着(き)のみ着(き)のまま 氣樂(きらく)な臥所(ふしど)
背嚢(はいのう)枕(まくら)に 外套(がいとう)かぶりや
背(せな)の温(ぬく)みで雪(ゆき)融(と)けかかる
夜具(やぐ)の黍殻(きびがら) シッポリ濡(ぬ)れて
結(むす)びかねたる 露營(ろえい)の夢(ゆめ)を
月(つき)は冷(つめ)たく顏(かお)覗(のぞ)きこむ
4.
命(いのち)捧(ささ)げて 出(で)てきた身(み)ゆゑ(え)
死(し)ぬる覺悟(かくご)で 突喊(とっかん)すれど
武運(ぶうん)拙(つたな)く 討(う)ち死(じ)にせねば
義理(ぎり)に絡(から)めた 恤兵(じゅっぺい)眞緜(まわた)
そろりそろりと 首(くび)締(し)めかかる
*どうせ生(い)かして 還(かへ)さぬ積(つ)もり

**どうせ生(い)きては 還(かへ)らぬ積(つ)もり

軽快な曲調ながら、実体験に基づいた美化されないリアルな戦場描写とそこはかとないユーモアが特徴です。

「粋(すい)」とは「粋(いき)」な話のこと。それを「酸(すい)」に引っ掛けて、戦場には粋な事なんてなく、梅干しくらいだねという意味。辛酸にもかけているのでしょう。
「恤兵眞緜」とは戦場の兵士への慰問品の真綿のこと、植物の綿ではなく、絹を取る蚕の繭をほぐして作ったもので、防寒用品として昔の慰問品の定番でした。戦場の兵士への期待を真綿に例えて心理的な重圧を表現しています。「真綿で首を締めるような」という言葉もありますよね。
*は、俺たちが生還するより勇戦して戦死する事を期待しているのだろうな…という自嘲じみた結びですが、かなり際どい内容なので、昭和に入ったずっと後に、**に歌詞が修正されてしまいました。これだと真逆の意味になってしまいます。秋山とエルヴィンが歌っていたのはこれです。
もちろん永井には反戦的な意図など無く、素直に戦争を描写したのだと思います。大半の兵士が気にせずに歌っていたようですし、大山巌元帥はこの歌が大のお気に入りだったそうです。明治は大らかな時代だったのでしょう。
posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2015年06月26日

大洗のフェリーについての補足

「さんふらわあ さっぽろ」旧名「ばるな」、ばるなとはインドのヴァルナ神の事である。日本では水天宮と呼ばれており海運の神様として信仰されている。これはガルパン北海道ツアー帰還時の写真。
DSC03946a.jpg
「さんふらわあ しれとこ」(旧名:ニューれいんぼうべる)と「さんふらわあ ふらの」(旧名:へすていあ)のツーショット。なんと、さんふらわあしれとこはベル君だ!!ちなみに姉妹船「ニューれいんぼう らぶ」があった。恥ずかしい船名禁止!! やはり大洗で就航している「さんふらわあ だいせつ」が旧「ニューれいんぼうらぶ」なんですね。「ベル君、大洗ではボクと君がラブラブなんだぜ!」偶然とは言え恐ろしい。('-'*)
DSC02805a.jpg

posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2015年06月22日

フェリー「さんふらわあ ふらの」(旧名へすていあ)と大洗「海の月間イベント」

ボクは「ふらの(へすていあ)」津波が大洗を襲った日、ボクは大洗港に停泊していたんだ。直ぐに出港して回避できたけど、大洗の被害は辛かった。沖に出るまで鳴らした汽笛で避難した人もいたらしいよ。今度ボクに乗ったらそんな事も思い出して欲しいな。

フェリー「へすていあ」について(Wikipedia)

フェリー「さんふらわあ ふらの」と震災についてはこちらを参照。

DSC02803a.jpg
DSC02906a.jpg
ところでベル君、チャンスだ!大洗でボクの一般公開があるというんだ。名前は変ってるけどフネは同じさ。一緒に美味しいモノでも食べようじゃないか。

というわけで、7月12日に大洗でヘスティア様(現さんふらわあ ふらの,旧名へすていあ)の公開あります。

 大洗「海の月間」イベント 艦艇公開in大洗

 護衛艦やフェリーに加えて海上保安庁の巡視船の公開も行われるようですね。船名は書かれていませんが、大洗にいるのは、びざん型巡視船「あかぎ」です。ウォータージェット推進の高速船です。DSC07417a.jpgDSC07421a.jpgDSC07432a.jpgDSC07437a.jpg
「あかぎ」の20ミリ多銃身機関砲(バルカン砲)このクラスは途中からスクリューがウォータージェットに変更、武装も強化されました。北朝鮮工作船を取り逃がした教訓によるもの。慢心はだめ。バルカンの別名はヘファイトスなんだせベル君!
DSC07429a.jpg
護衛艦「ちくま」はあぶくま型のDE(小型護衛艦)です。DEは古くなり数も多くないので見学できるのは貴重なチャンスだと言えます。(写真は海上自衛隊ウェブサイトより)
233_01l.jpg

艦艇公開イベントの一環として、7月11日にはガールズ&パンツァーの公開ラジオ収録も行われるそうです。我がブログで贔屓にしている声優中村桜さんも参加されます。楽しそうですね!!





posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2014年08月24日

駆逐艦黒潮の絵はがき

駆逐艦黒潮の進水式記念絵葉書は、艦これ公式マンガで触れられていたような鰹の一本釣りだけではなく、洋上を疾走する駆逐艦のカッコ良い絵柄もあります。絵はがきは一種類だけでは無く、二枚組になっていたのではないかと思われます。だから黒潮ちゃんは悩む必要は無いのです。\(^O^)/
(ファミ通コミッククリア「特型駆逐艦 吹雪頑張ります!」桃井良太 DMM.com 角川ゲームスより)
黒潮マンガ.JPG黒潮1.JPG黒潮2a.jpg



posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2014年07月12日

ナチスとは何か?

ナチスとは何か?ファシストとか、ナチスとか、ヒトラーという言葉を単なる罵倒として中身を知らずに投げつけている人が多いように思えますが、それだけでよいのかな?ナチスとは何か?_001.jpgナチスとは何か?_002.jpg

posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2014年04月21日

ゲオルグ・リッター・フォン・トラップ少佐

サウンドオブミュージックで有名なトラップ少佐がらみで捜したらこんな写真集がありました。「ある海軍の終焉」といったところでしょうか。オーストリアハンガリー帝国海軍の本です。


海軍の終焉.jpg


トラップ少佐が最初に指揮をとった潜水艦U5。

U5.jpg


トラップ少佐の指揮するU5の攻撃によって沈没するフランス装甲巡洋艦レオン・ガンベッタを描いた画。他にイタリア潜水艦を1隻、商船12隻約5万トンを撃沈したエース艦長であり、紛れもない帝国の英雄でした。

レオンガンベッタ.jpg


U5艦上のゲオルグ・リッター・フォン・トラップ少佐。後にU14の艦長となり潜水艦戦隊の司令を務めたそうです。

名称未設定 1.jpg


装甲巡洋艦レオン・ガンベッタを撃沈して栄誉礼で艦隊に迎えられるU5だそうです。

栄誉礼.jpg
posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション

2013年08月03日

軽巡洋艦那珂

那珂関東大震災.jpg
軽巡洋艦那珂は横浜船渠で建造中に関東大震災が発生して、造船所が大きな損害を受けた。那珂も船台が火災で焼失し、大きな損傷を受けたので結局建造は中止され解体された。その後に改めて建造し直したのである。
先の写真の那珂はいわば生まれる事の無かった幻の那珂である。艦首形状が八八艦隊計画艦の特徴であるスプーンバウである事に注意。この形状は戦艦長門などでも採用されたが波が飛散するなどの不都合が多く後に改正される事になった。
那珂.jpg
新たに建造された那珂の姿。那珂は建造をやり直したので艦首形状をスプーンバウから実用性の高いダブルカーブドバウに改正して完成した。なお、川内型の3隻は燃料の石油を節約するために石炭を使用する混焼缶を増やしたので煙突が一本増えて四本となった。
四本煙突+ダブルカーブドバウという組み合わせは那珂だけであったので、識別が非常に容易であったと言われている。まさに艦隊のアイドル?しかし、その裏には不幸な過去があったのでした。あと那珂ちゃんも衝突事故起こしているけど、あんまり気にしてないね。('-'*)
posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンフィクション