2018年05月02日

浅草凌雲閣(十二階)

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もう2月の事ですが、浅草凌雲閣(12階)の遺構が発見されたと聞いて、会社の近所なんで休日出勤の途中で寄ってきました。場所は花やしきの近くです。
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凌雲閣は解説読むと現在の花やしき通りに接していたとされていて、跡地はパチンコ屋になっているとされています。現在そこに記念碑もあります。
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しかし、今回の遺構をみると想定より数10m北側にあったようですね。
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八角形をしていた建物の基礎のコンクリートの一部と煉瓦が出ていて、建物の範囲を容易に想像する事ができます。
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ネットでコンクリート製の基礎は明治時代にありえないという人もいましたが、日本のセメントの歴史も結構古いのです。ちょうど国産セメントが出てきた頃ですね。明治維新の頃はちょうど天然セメント(ローマ式セメント)と人工セメント(焼成ポルトランドセメント)の移行期だったので混在していますが、明治20年代はポルトランドセメントの時代ですね。輸入量が増えたので国産が急がれた訳ですから。深川にあった官営セメント工場の稼働が明治8年、払い下げを受けて浅野セメントが創業したのが明治17年です。創成期の国産セメントを使っていたかもしれません。ちなみに官営セメント工場は営業をあまりしなかったので、作ってもあまり売れなかったとか。
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凌雲閣の構造資料がありました。
基礎:煉瓦造布基礎
地業:掘削深さ18尺(5.45m)
松杭の上コンクリート厚2.5尺(76cm)
支持地盤:沖積層
たぶん松杭打っていると思ったけど、やはりそのようです。軟弱な層の上なんで松杭を打って支持力を確保している訳ですね。更にコンクリート打って煉瓦を重ねて基礎としたようです。
DSC01795a.jpg
一部に凌雲閣である事を疑う人もいたのですが、コンクリート基礎が多角形の一部に見えるので、できるだけ真上から撮った写真で角度を測ってみました。130〜140度くらいですね。正八角形だと135度ですから矛盾はないと思います。というか、こんな角度を一部に持ったコンクリート基礎は凌雲閣以外に考えづらいのではないだろうか?という訳で、私は凌雲閣であると考えます。
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凌雲閣の推定範囲。資料によると床面積が112.4平方メートルだそうです。正八角形とすると外形の一辺が5mくらいになるでしょう。とするとこんな感じ?
地図.JPG
とすると、この写真の範囲目一杯に凌雲閣が広がっていた事になります。
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今は何の変哲もない下町の路地なんですが。
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念のために凌雲閣(矢印の位置)が載っている古地図を現在の地図の上に透過して重ねてみました。見事に今回の場所に重なります。今回発見された遺構が凌雲閣であるのはほぼ確実です。今のウィンズの辺りは池だったのか…良く絵葉書に出てくる十二階と池の構図はここなんですね。
地図2.JPG
地図3.JPG
やはり、何時の時代も人は高い所に登りたがるのであろう。('-'*)
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posted by はるなブログ(コミPo!を主に使った日記) at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ日記
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