2018年06月16日

君が代

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 私は君が代が好きです。祖国の国歌であるというだけでなく、静かで美しく、悠久の時の流れが、短い詩に凝縮されているのがとても良いですね。
 「さざれ(細)石の巌となりて 苔のむすまで」という歌詞は「小石が巨岩となるほど長い歳月を経るまで」という意味なんでしょうが、私はひとつ小石が成長して巨岩になるという考えが昔の人にあったのかと思ってました。ところが、歌に詠まれたさざれ石のモデルは、根拠は良く判らないのですが、伊吹山の石灰質礫岩とされているそうです。
 つまり、小石(礫)が集まって堆積して、続成作用で固結して、陸化して、侵食されて巨岩になったという意味ですね。凄く地質学的なのが面白いです。
 もっとも、本当に地質学的な解釈に基づいている訳ではなく、巨大な礫岩の塊が小石が集まってできているのをみて、理由は判らないけど、不思議に思い、畏敬の念に囚われただけかもしれませんね。
 それにしても、あちこちで展示されている大きな岩石を「さざれ石」と呼ぶのは論理的に間違っているのではないか?含まれているのが「さざれ石」で、展示されているのは「巌」だと思うのですが。('-'*)
 明治時代のお雇い外国人、英国人のチェンバレンが、君が代の英語への翻訳をしています。チェンバレンは俳句や和歌をつくるくらいに日本語に堪能だったらしいですから、ちゃんと国歌「君が代」が正立した当時の解釈を踏まえていると思われます。

  A thousand years of happy life be thine!
  Live on, my Lord, till what are pebbles now,
 By age united, to great rocks shall grow,
 Whose venerable sides the moss doth line.

 これだと、やはり小石が集まって巨岩になるという事がはっきりしてますね。もっとも、当時の英国は、ほぼ地質学が確立されていたので、科学的に解釈したという可能性もありますけど。あと、この英訳をみると「君が代」が天皇陛下の御代を意味しているのも明らかですね。

 ところで、地質学的には「さざれ石」が「巌」となるのは珍しい事ではなく、ごく普通の現象なのに、稀少な岩石だと誤解している人が多いようです。「さざれ石」が「巌」なったものは一般に礫岩と呼ばれます。
 例えば、みんな大好き大洗の磯前神社の海岸の鳥居が設置されている岩場は、典型的な礫岩ですね。あれは大洗層と言って、中生代白亜紀の終わりから古第三紀にかけて堆積した地層だと文献にありました。

大洗磯前神社下の海岸にある鳥居、岩場は一部に砂岩や泥岩を挟むが大部分は礫岩からできている。
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近づくと礫を大量に含んでいる事が判ります。まさに、さざれ石の巌となりて…ですね。
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色々なサイズの礫や砂などを不均質に含んでいるのが特徴です。昔の海底地滑りで出来たと考えられています。
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北側のひたちなか市の海岸には中生代白亜紀の地層があって、アンモナイトが見つかるので有名ですね。大洗層が中生代白亜紀の終わりから古第三紀にかけて堆積した地層とされているので、それよりもやや新しいのかもしれません。恐竜が滅びた頃の地層という事になるのでしょうか。

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2018年05月26日

藤永田造船所

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かつて大阪に藤永田造船所という造船会社がありました。元禄時代の船大工がルーツで、維新後にいち早く近代的な造船技術を導入して、1967年に三井造船に吸収合併されるまで278年間続きました。技術力が高く駆逐艦建造の名門で、東の浦賀船渠、西の藤永田と呼ばれました。
藤永田造船所は、現在の大阪住之江区を流れる木津川を挟んで北と南に別れていました。艦これに登場する艦娘の多くが生まれた場所でもあります。昔から興味があったのですが、さすがに現地に行くのは難しいのでストリートビューで探索していたらこんなものが。藤永田造船所跡地とあります。(Googleストリートビューより)
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興味がわいて、色々と調べてみました。昭和23年に米軍が撮影した写真だとこんな感じです。(カシミール使用)木津川沿いは造船所が多い場所でした。川に沿って造船所があるのは英国みたいですね。もう一枚は駆逐艦村雨の進水式ですが、川の南側、写真の右よりに並んでいる船台のようです。対岸の建物が見えています。
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駆逐艦村雨。
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現在、造船所は廃止になっており、その跡地は、他の工場や自動車教習所、ゴルフ練習場、流通センターになり、かつての駆逐艦建造の名門を想像するのは難しいです。しかし、ごく一部に残っている三井造船の関連施設(三井造船マシナリー・サービス)に面影が残っています。奥に見えるノコギリ屋根の建物は戦前からのものです。(Googleストリートビューより)
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藤永田造船所が最初に建造した駆逐艦「藤」藤永田の名前に因んだと言われる。
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駆逐艦曙。
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駆逐艦山雲。
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駆逐艦黒潮。
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みんな大好き綾波も藤永田生まれです。
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雷は藤永田と並ぶ駆逐艦建造の名門、浦賀船渠生まれ、そして電は藤永田造船所生まれなのです!!
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2018年05月12日

旧天城隧道

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今日のブラタモリのテーマは「天城越え」でした。来週は旧天城隧道が紹介されるようです。このブログ主も以前に旧街道を河津側から旧天城隧道まで歩いた事があります。今は遊歩道として街道が整備されています。
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古い道路柵の支柱には安山岩の柱状節理ブロックがそのまま利用されていました。
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河津側の隧道口です。トンネルの幅は3.5mしかなくかなり狭いです。それでも昔は自動車が通行していたそうです。今は静かで途中誰ともすれ違いませんでした。
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レトロ調の照明。
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天井の様子。
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内部の様子。
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湯ヶ島側の隧道口。
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トンネル銘板。
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2018年05月02日

浅草凌雲閣(十二階)

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もう2月の事ですが、浅草凌雲閣(12階)の遺構が発見されたと聞いて、会社の近所なんで休日出勤の途中で寄ってきました。場所は花やしきの近くです。
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凌雲閣は解説読むと現在の花やしき通りに接していたとされていて、跡地はパチンコ屋になっているとされています。現在そこに記念碑もあります。
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しかし、今回の遺構をみると想定より数10m北側にあったようですね。
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八角形をしていた建物の基礎のコンクリートの一部と煉瓦が出ていて、建物の範囲を容易に想像する事ができます。
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ネットでコンクリート製の基礎は明治時代にありえないという人もいましたが、日本のセメントの歴史も結構古いのです。ちょうど国産セメントが出てきた頃ですね。明治維新の頃はちょうど天然セメント(ローマ式セメント)と人工セメント(焼成ポルトランドセメント)の移行期だったので混在していますが、明治20年代はポルトランドセメントの時代ですね。輸入量が増えたので国産が急がれた訳ですから。深川にあった官営セメント工場の稼働が明治8年、払い下げを受けて浅野セメントが創業したのが明治17年です。創成期の国産セメントを使っていたかもしれません。ちなみに官営セメント工場は営業をあまりしなかったので、作ってもあまり売れなかったとか。
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凌雲閣の構造資料がありました。
基礎:煉瓦造布基礎
地業:掘削深さ18尺(5.45m)
松杭の上コンクリート厚2.5尺(76cm)
支持地盤:沖積層
たぶん松杭打っていると思ったけど、やはりそのようです。軟弱な層の上なんで松杭を打って支持力を確保している訳ですね。更にコンクリート打って煉瓦を重ねて基礎としたようです。
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一部に凌雲閣である事を疑う人もいたのですが、コンクリート基礎が多角形の一部に見えるので、できるだけ真上から撮った写真で角度を測ってみました。130〜140度くらいですね。正八角形だと135度ですから矛盾はないと思います。というか、こんな角度を一部に持ったコンクリート基礎は凌雲閣以外に考えづらいのではないだろうか?という訳で、私は凌雲閣であると考えます。
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凌雲閣の推定範囲。資料によると床面積が112.4平方メートルだそうです。正八角形とすると外形の一辺が5mくらいになるでしょう。とするとこんな感じ?
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とすると、この写真の範囲目一杯に凌雲閣が広がっていた事になります。
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今は何の変哲もない下町の路地なんですが。
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念のために凌雲閣(矢印の位置)が載っている古地図を現在の地図の上に透過して重ねてみました。見事に今回の場所に重なります。今回発見された遺構が凌雲閣であるのはほぼ確実です。今のウィンズの辺りは池だったのか…良く絵葉書に出てくる十二階と池の構図はここなんですね。
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やはり、何時の時代も人は高い所に登りたがるのであろう。('-'*)
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2018年04月30日

「海上保安資料館横浜館」(工作船展示館)

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横浜の工作船展示館に行ってきました。ここには2001年に起こった「九州南西海域工作船事件」で海上保安庁の巡視船と交戦の結果、自沈するに至った北朝鮮の工作船を引き揚げて保管しています。
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工作船は漁船に偽装していますが、その能力は全くなく、四軸の推進器を大出力の発動機で駆動して30ノットを遙かに超える高速船でした。内部には日本への潜入工作用の小型船を収用できるようになっており、他にも水中スクーターやゴムボートを搭載しています。また多数の火器を搭載しており、日本の巡視船への攻撃も行われて海保に負傷者も生じています。当時の日本の某新聞は「沈没した船は『不審船』と断定はできない」とか「違法な戦闘行為」と主張して海保の対応を非難しました。果たして『不審船』がそんな生ぬるいものだったのか見てみる事にしましょう。
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工作船の船首部は鋭いV字断面で高速航走に向いた形状です。船体の傷みが激しいですが、船体を構成している鋼板はかなり薄いそうです。構造も脆弱で高速を出すために軽量化した結果かもしれません。
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後部からみたところ、船尾の舟艇収納部の観音開きの扉が一部見えます。全長は約30m、排水量は50トン弱です。黄色いのは自沈の時の爆発で損傷した船体の補強材です。
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最大の特徴である、船尾の観音開きの扉、舟艇発進と収納のためです。船の後部はこの収用部で占められており、前部はほとんどが機関部でした。上部の構造物も操舵室の他は多くが対空機関砲の収用部で占められており、乗員のためのスペースはほとんどありません。
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推進器は4軸で漁船ではまずあり得ません。戦闘艦艇並みですね。
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舟艇収用部の状況です。側面は燃料タンクになっています。奥は自沈の時の爆発で大きく壊れています。
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後部甲板の状況。元々はダミーの船室があって、収納されていた14.5ミリ対空機関砲をレールで引き出すようになっていました。煙突も偽装で排気孔は側面にありました、高出力の発動機を複数搭載している事を隠すためだったようです。
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操舵室付近、操舵室の後の区画にカマドがあり、この狭い区画で10人前後の乗員が生活していたと考えられます。
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第2機関室、搭載されているのはロシア製の高出力ディーゼルエンジン。
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前部甲板の状況、第1機関室が見えます、搭載している機関の総出力は4000馬力に達するそうです。その前にある開口部は内部にベースがせり上がるギミックがありました。本来は対空機関砲の秘匿用だったと推定されていますが、この船はゴムボートの収用部になっていました。船首付近には無反動砲の砲架があります。
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潜入工作用の搭載舟艇、漁船に偽装していますがボルボ製の高出力発動機を搭載。
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潜入工作用のゴムボートと水中スクーター。
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工作船を引き揚げた関係者が驚いたのは、搭載している武器の多さでした。これは14.5ミリ対空機関砲です。
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携行型の対空ミサイルと無反動砲。
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ヘルメットも発見された。
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巡視船あまみは自動小銃の射撃で負傷者を出しました。
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対戦車ロケット弾での攻撃を受けたことも判明しています。
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自爆用スイッチ。搭載舟艇からも爆発物が発見されています。最終的に工作船は爆発物で自沈しました。海保は生存者を発見しましたが、相手が抵抗を止めないために救助はできず、工作船の生存者はいません。
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日本の沿岸部の地図も発見されています。拉致被害者もこのような工作船の活動で連れ去られたのでしょう。
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北朝鮮側は現在に至るまで、関係を認めていません。
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横須賀「蜜柑」文学碑

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今日は仕事が早く終わったので横須賀に寄ってきました。以前から安針台の上から横須賀軍港を眺めてみたかったのです。予想通りに眺めは非常に良かったですね。ただ、左右の視界が限られるのと、植生に邪魔されずに写真撮影するのがちょっと難しいです。空母ロナルド・レーガンはよく見えます。
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多少手前に草が入ってしまいます。脚立を持って行けば良かったかも。
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安針台から吉倉に降りていく坂道からの光景も素晴らしいです。
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横須賀線の右側が吉倉公園です。トンネルの向こうはJR横須賀駅なのでした。
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吉倉公園はJR横須賀線の脇にあり、線路を挟んですぐ海になっています。
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吉倉公園には芥川龍之介の短編小説「蜜柑」の文学碑がありました。とても好きな作品なので感激しました。ただ、吉倉公園にあるのは横須賀線脇には他に適当な用地がなかったのでしょうね。ここは横須賀駅から最初のトンネルを抜けた場所ですが、小説を読むと二つ目以降のトンネルが舞台になっているのが判ります。ただ、確かにこんな線路脇の場所だったのでしょう。
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公園の女の子像もちゃんと蜜柑をもっています。にしても、今は横須賀は田舎という雰囲気はありませんが、大正時代の日本はまだまだ貧しかったのですね。
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芥川龍之介は結婚前は横須賀に下宿していたそうです。汐入駅の側でGoogle マップで検索するとこの位置だったみたいですね。
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汐入のイオン(旧ダイエー)では自衛隊装備の展示をやっていました。
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ヴェルニー公園散策、バラと軍艦をいくつか…
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横須賀線で帰りました。芥川龍之介の気分を味わうためにグリーン車です。
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2018年04月01日

横浜船渠(軽巡那珂と空母龍驤の生まれ故郷)その2

以前にこんなコンテンツをアップしたのですが。
http://haruna-blog.dojin.com/article/99720104.html
昨日、みなとみらいに行ったので改めて補足します。今は整然としたみなとみらいも昔はこんな感じでした。
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2018年03月31日

柳原良平アートミュージアム

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2015年にお亡くなりになった、船舶マニア(自称船キチガイ)である画家柳原良平氏の作品や遺品を展示する博物館がオープンしたので、早速行ってまいりました。
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実は私は結構柳原氏の本を持っています。しかも、これらは小学生の頃からの愛読書でした。「船の本」は何度読み返したか判りません。私は船が好きですが、それは柳原氏の影響が大きいと思います。船の特徴を捉えつつ、デフォルメされたイラストも大好きでした。
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ミュージアムはみなとみらいにあります。みなと博物館に併設されているのです。日本丸の周囲は桜が綺麗でした。なぜかZ旗も翻っています。
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この鮮やかな色の桜は横浜緋桜(ヨコハマヒザクラ)という横浜で生まれた品種だそうです。
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染井吉野(ソメイヨシノ)も満開でした。
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旧横浜船渠の第一ドックに保存されている日本丸がお出迎え。みなと博物館と柳原良平アートミュージアムは同じ場所にあります。
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みなと博物館と入口も共通でした。
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キャプテン・アンクルもお出迎え。今日は横浜市民はみなと博物館も含めて無料だそうです。先着200名に記念品を渡すイベントもあったらしい。展示は多岐にわたるものでした。柳原氏の初期の作品も多く展示されていました。多くの人はデフォルメされたイラストのイメージが強いと思いますが、初期の作品はカッチリ描かれたリアルなものが多いです。非常に多才な方であり、職業画家、イラストレター、商業デザイナーだけでなく、アニメーターであり、漫画家でもあり、エッセイストでもありました。特撮映画まで自主制作されています。そして、何よりも「船キチガイ」でした。昔はキチガイという言葉はネガティブなイメージばかりではなかったのです。柳原氏は船の本で「船キチガイ」について書かれているので引用してみます。これは1968年に出た本である事を念頭において読んで下さいね。

今、子供に人気のあるのは怪獣である。ギララ、バルゴン、ウルトラマン……。さてこういう子供の中でサラリーマンになってもまだ怪獣が好きなのがいたらどうだろう。彼はきっと怪獣キチガイのレッテルをはられ、みんなから変わり者だと思われるに違いない。ボクの船キチガイはそれだ。子供ならばちっとも不思議じゃないが、大人になるまでしつっこく好きでいた事が変テコなのである。だいたい大学の受験勉強をする頃になってもまだ子供の遊びの消えないヤツはキチガイの域に入ってきたと見ていい、とボクは結論を出した。

まさに現在の「オタク」を予言したような文章ではありませんか。

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柳原良平アートミュージアムオープン記念限定メニューのトリスハイボールだそうです。これは飲むしかないですね。トリスを飲んでハワイに行こう!!です。
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実は私はもうかなり前になりますが、柳原良平氏に一度だけお会いした事があります。関内の本屋さんで買い物をした帰り、同じビル内の画廊で柳原氏の個展が開かれていたのです。入って絵を眺めていたら、受け付けの女性が「今日は初日なので奥で立食パーティーをやっています、よろしかったら参加されませんか」と言われて、恐る恐る会場に入ったら、柳原氏がいてニコニコと「よくいらっしゃいました」と挨拶されました。凄く緊張していたので「ありがとうございます」と言っただけでしたが、本当は、子供の頃からファンでした、あなたの著書を読んで船が好きになりましたと言いたかったのです。


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2018年03月25日

金色の錨(航空母艦ロナルド・レーガン)

桜をみに横須賀に行ってきました。ヴェルニー公園は桜と軍艦を一緒にみる事ができます。
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なかなか良い雰囲気ですね。
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昔から桜と錨は海軍の象徴ですね。
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せっかくなんで軍港巡りにも行ってきました。航空母艦ロナルド・レーガンが停泊していました。アイランドに足場を組んでメンテナンス中のようです。
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観ていて不思議な事に気がつきました。レーガンの錨が金色なのです。
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正面からみると片側だけが金色です。反対側は艦体と同じ色ですね。どうもペンキ塗り立てという雰囲気がしないでもありません。
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果たしてこれは何なのでしょうか?調べてみたら次のような記述が英語版ウィキペディアにありました。

https://en.wikipedia.org/wiki/Retention_Excellence_Award

「Retention Excellence Award」というのがあるようですね。以前は「Golden Anchor Award」と言われていたそうです。年間でもっとも乗員定着率が高く乗艦志願者も多い艦に与えられる賞で、錨を金色に塗る栄誉が与えられるとのこと。乗員に人気のある艦という事でしょうか?

駆逐艦だったら楽そうですが、レーガンクラスの艦の錨を塗り替えるのは大変そうですね。

アメリカにドナドナされていったフィッツジェラルドに換わって、シンガポールからドナドナされてきたマケインが現在入渠中です。
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楽しい午後でした。
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2017年11月26日

本日の駆逐艦フィッツジェラルド

損傷していた駆逐艦フィッツジェラルドをアメリカ本国へ回航するために重量物運搬船への搭載はすでに完了しています。今日はそれが観たくて横須賀軍港巡りの観光船に乗ってきました。ちょっと方向が悪いのと距離があるのでコンパクトデジカメではこれが精一杯でした。それでもこれだけ大きな艦を別な船に搭載するのが観られるのは貴重な経験です。
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