2019年10月23日

吾妻ひでお先生(1)

 私は現在「ななこファンクラブ」(吾妻ひでお先生の作品である「ななこSOS」に登場するすーぱーがーる)である「すーぱーがーるカンパニー」の概ね名目上の代表を務めています。というのも本来の代表である飯田橋修一(odessa)こと後藤修一氏が昨年2018年の7月に亡くなり、急遽コミケのサークル代表を変更する必要が生じたからです。私はファンダム活動や同人活動の経験が乏しくて、力不足は明らかなのですが、後藤氏が体調を崩されてからは、コミケ関係の事務手続きの代行等を行ってきましたので、雑兵ながら事後処理を行って方向を模索している感じでしょうか。
 もっとも、吾妻ひでお先生の作品は昔から好きですし、SFも子供の頃から読み込んでおりました。最初に読んだ作品は「きまぐれ悟空」だと思います。その後も「ふたりと5人」とか「チョッキン」と続きましたが、更に続く吾妻ひでお作品からだんだんとSFの臭いを感じるようになりました。決定的だったのは、大学の時の友人が(地方の本当に田舎にある大学でした)夜道を延々とスーパーカブを何十キロも走らせて、国道沿いの雑誌自動販売機で「劇画アリス」というエロマンガ雑誌を探索して買っていた事でした。見せて貰ったのが「不条理日記」だったのです。
 それからは、ずっとオタクという言葉も知らず、ファンダムやファンジン、コミケも同人誌も知らなかったのですが、野生のオタクあるいはスタンドアローンのマニアとして、社会人になり随分経ってからファンダムの世界を知りました。でも、吾妻ひでお作品やSF好きは一貫していたと思います。



アル中病棟b.jpg
(クリックで拡大)

 これは本当にウチの家宝なのです。コミケの同人誌頒布で自分が雑兵として参加した時に、吾妻先生が皆さんで分け下さいと、かなり大量に差し入れられたイラストの1枚でした。これが欲しくてたまらず、他の人々の注意が美少女に向かっているうちにゲットしました。(笑)
 アル中病棟のボツ原稿。何でボツになったのかわからない。鉛筆の線が緻密で美しいです。上はそのうちの一コマです。ベンチに座った先生、向こうから歩いて来る母と娘がなんとも言えず、引き込まれるようです。
 印刷物になった先生の絵はシンプルに見えるけど、原画を見ると細かく描き込みがありますね。
 吾妻先生は何かお手伝いするたびに、私みたいな雑兵にまで絵を律儀にプレゼントされてました。確認したら結構たまっていました。
 私は雑兵なんで、吾妻先生とお話する勇気はなかなかありませんでした。一度だけお話しましたが、会話の内容は全く覚えていません。それくらい緊張していたのですね。(笑)
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2019年10月22日

吾妻ひでお先生ご逝去

吾妻ひでお先生.JPG
(2019/10/21のNHKの報道より)

 昨日、友人から吾妻ひでお先生が亡くなったと連絡があり、まもなく各メディアから報道がありました。ニュースは非常に広範囲で扱われており、吾妻先生の作品の影響力を改めて感じました。半月ほど前に、緊急入院されたと聞いて心配していたのですが。まことに残念です、御冥福をお祈りいたします。
 永らく吾妻ひでおファンダムを運営していて、一昨年亡くなった、後藤修一氏の遺品を整理していて見つけた吾妻先生の複製版画を引き取って、不条理日記完全版読了記念として壁に飾ったところでした。その次の日の台風の最中に先生は亡くなったのですね。実は緊急入院の話が深刻そうだったので、吾妻先生お亡くなりになるんじゃないかという予感はちょっとありました。でも現実になってしまうと本当にショックです。前にも書いたように、現在、後藤氏の遺品整理をしているのですが、それは吾妻ひでお作品の整理をしていると言っても過言ではなかったりするので尚更です。
 吾妻先生の「失踪日記」がイタリアの賞を受賞してましたが。翻訳されたのは今年だったそうで、それが直ぐに評価されるだけのポテンシャルがある訳ですね。報道が「失踪日記」を代表作にしていましたが、それも仕方がない事でしょう。出版された直後から話題になって、どこの書店でも平積みで置かれていた時は本当に嬉しかったです。日本でもあらゆる賞を受けていたし。それまでの大変な(ご本人にとってもご家族にとっても)時期があったので尚更です。
 でも、「失踪日記」が代表作というのに違和感があるというのも判らないでもありません。若い人に説明するのは難しいけど、ある時期のオタク業界は読者も作者も大なり小なり吾妻ひでおに感染していた印象でした。吾妻ひでおが居なければ「美少女」や「萌え」といったコンテンツは今とは違ったものになっていたかもしれない。現在のアニメやマンガの多くが吾妻ひでおの恩恵を受けていると言っても過言ではありません。その点ではマンガの神様手塚治虫に匹敵する存在ですし、その漫画の神様でさえも吾妻ひでおの影響から無縁ではなかったと私は思っています。
 吾妻ひでおの作品を読んで無い方には、出たばかりの「不条理日記(完全版)」(復刊ドットコム)をお薦めします。個人の感想ではありますが、吾妻ひでおのエッセンスが濃厚に詰まった作品が集まっています。吾妻先生の作品は多くが入手可能です。ぜひ読んでみて下さい。読んでない人がうらやましいくらいです。

吾妻ひでお先生のお葬式については以下のようにTwitterで案内されていました。

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お別れの会には是非参加したいと思います。

 以前に、吾妻先生の同人誌頒布のお手伝いをして、描いて頂いたミャアちゃんの絵があるんですが。これを模写したものが私のアイコン絵になっています。メチャメチャヘタだけど。(^_^;
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2019年08月12日

コミックマーケットと空調服

熱中症対策の試験も兼ねて、コミックマーケット96に空調服を持参しました。
空調服_001.jpg
使用した空調服はこんなのです。
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ファンを取り付ける前。
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ファンは外から挿し込んで内側からネジ付きリングで固定します。
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結線したところ。
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電源をオンにしたところ。エアの強度は強(4)中(3)弱(2)微(1)の4段階です。

空調服と高機能性速乾下着の組み合わせは判断が難しいところです。気温が30℃以下で高くない時は取り込んだ空気で身体が冷えるので問題ありませんが、気温が高いと身体から熱を奪うのは気化熱としてなので、逆に肌がある程度湿っている方が涼しく速乾下着は暑いです。私は普通の半袖綿シャツ使用。
気温だけで無く、湿度が上昇すると空調服の効果はどんどん低下します。しかし、ファンが回っている限りはどんなに不快でも、ある程度は体温を下げる効果があります。快適さを求めるものではなく、熱中症のリスクを下げる、最悪でも死なない…そういったものだと考えましょう。
熱中症のリスクを下げるのは、多くの工事現場等の使用実績で折り紙付きです。もちろん、水分と塩分の補充は絶対条件です。現状では作業服としての使用が前提なのですが、カジュアルなデザインのものも一部に出てきています。将来的にはもっと用途が広がるのではないでしょうか。
空調服の材質は綿100%と綿とポリエステル混紡があります。綿100%は火花が飛ぶ作業用(ポリエステルは穴があく)で混紡がお薦めです。乾き易いので毎日洗濯できます。あと、空調服は服の内部に空気の通路が必要ですので、小さいサイズは意味がありません。抗菌性のもあるので言うほど臭くないですよ。
標準的な2つファンのタイプで電源は中で8時間、強で6時間くらい持ちます。充電時間は2時間くらいです。ファンもケーブルもバッテリーも取り外して洗濯できます。カッコ悪いし重いし取り回しも不便ですが、非常に強力なツールですので、炎天下のコミケで導入も検討されてはいかがでしょうか。
何年先かの夏コミではみんな空調服着たりして。そういえばソニーがペルチェ素子を使った個人用クーラーをクラウドファンディングしてましたね。

補足)
肩紐のあるリュックやバッグはそこで空気が遮断されます。手提げが良いけど実用的で無い場合は時々ずらして空気を通してやりましょう。ファンは側面に寄っているので、椅子に座っても塞がれ無いけど、背中に空気が通りにくくなるので時々身体を動かしてました。
保冷剤を内部にという話も、内部に保冷剤入れらしいポケットもついてます。ただ、結露しそうなのでやっていません。キャメルバックに氷を入れると良いという話も。インナーはもっと適したものがあるかもしれません。繰り返しますが、快適さより熱中症のリスク低減と割り切った方が良いです。
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2019年07月28日

ラムネの瓶を拾ったよ

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2019年03月09日

「荒野のコトブキ飛行隊」羽衣丸考察(続)

先の考察が凄く大ざっぱなものだったので、もう少し掘り下げてみよう。

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2隻のイジツ飛行船が並んでいる。上が羽衣丸である。街と比べて非常に巨大である事が推測される。

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隼T型の発艦シーンである。羽衣丸の飛行甲板兼格納庫は船体構造に組み込まれ、かなり強度もありそうだ。幅は少なくとも30mで高さは10mはありそうだ。飛行甲板兼格納庫の天井にはかなり太い梁が見えており、このボックス状の構造が船体の竜骨の役割を果たしている可能性がある。たぶんこの区画より上にヘリウムガスの気嚢が並んで収められているのだろう。目測では船体下部の2〜3割は気嚢以外の設備になっているものと思われる。その分浮力が減るので不利になるが、そういった飛行船がない訳ではない。

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世界一周飛行で有名なLZ127グラーフ・ツェッペリン号である。LZ127は10万m3の気嚢のうちで7万m3が水素ガスで、残りの3万m3に燃料のブラウガス(エチレン系可燃性ガス)が収められていた。

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船体が充分に大きければ、アニメと同じような見た目でブラウガスの区画に飛行甲板兼格納庫がすっぽり収まりそうだ。

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ブラウガスの区画は船体の全長に及んでいるので、飛行甲板兼格納庫と置き換える事ができそうです。もちろん船体が大きければですが。

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羽衣丸は全体的な形状はLZ129ヒンデンブルク号に似ています。数は多いですが発動機の装備法も同じです。

アクロン.JPG
ただし、直線的な尾翼の形状はアメリカ海軍の軍用飛行船アクロン号に似ている気もします。アクロン号はヒンデンブルク号とほぼ同じ大きさの巨大飛行船でした。また羽衣丸と同じくヘリウム飛行船であり、船内に飛行機格納庫を有し、5機の小型機を搭載できました。発艦と収用は船体下部にあるアームとフックで行います。

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格納庫内で吊り下げられた複葉機。

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船外に吊り下げられた機体。

羽衣丸がLZ129ヒンデンブルク号やアクロン号の全長で約2倍というのは映像をみる限りでは妥当なようです。全体のフォルムはLZ129ヒンデンブルク号、ヘリウムや航空艤装はアクロン号、内部構造はLZ127グラーフ・ツェッペリン号と共通点があるといったところでしょうか。
ここでは、アクロン号を2倍にして本来のヘリウム気嚢の3割のスペースが航空艤装や居住区に当てられていると考えて羽衣丸のスペックを推定してみましょう。

アクロンの全長が約240mですから「480m」、直径が約41mですから「82m」、ガス体積が184000m3ですからその8倍に0.7を掛けて「103400m3」、同じ要領で、総浮力が「1025トン」、ペイロードが「465トン」、船体重量はペイロードと概ね同じだそうなので「約500トン」になるようです。前の推定より厳しくなっているのはガス嚢の容積が大幅に減ったのと、ヘリウムを使っているせいです。
ざっくり、浮力が1000トン、船体重量500トン、ペイロード500トン。予備浮力がたくさん要るかと誤解していたのですが、浮力と重量が釣り合っていれば良いようです。飛行船は静的な力だけでなく、動くので昇降舵や方向舵の動的な力と、ある程度は揚力も生じるようですね。逆に飛んでいるうちに、物資を消費してどんどん船体が軽くなるのでバラストの確保が必要なのだそうです。水素はガスを抜く事ができますが、ヘリウムは高価で捨てるのが許されないので苦労したようですね。飛行中に遭遇した雨水を溜めたり、エンジンの排気から水を分離してバラストとして利用したりしたようです。

改めて、船体重量500トン、ペイロード500トンで羽衣丸が実現できるのでしょうか。工夫すればなんとかなる気もしますが、とにかく船体の軽量化は絶対に必要でしょうね。







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2019年03月06日

「荒野のコトブキ飛行隊」羽衣丸考察

荒野のコトブキ飛行隊。羽衣丸が巨大なのは判るけど、あんな空中空母化するための浮力をヘリウム飛行船で実現するのは可能なのだろうか?
羽衣丸に似ているドイツの飛行船ヒンデンブルクLZ129は構造材がジュラルミンと張り線。表面はドープを塗った綿布。内部に複数のガス嚢が収められていた。羽衣丸も飛行甲板の上はガス嚢が詰まっているのだろう。二式複戦で破壊したのは各ガス嚢の排出弁?
有名なヒンデンブルクの火災は表面に塗ったドープに含まれているアルミニウム粉末が静電気で発火したと言われている。ヘリウム飛行船でも火災は起こっただろうがあそこまでは拡大しなかったと思われる。ツェッペリン社はその後火災対策をしている。それまでは水素の運用で発火はなかったし、羽衣丸と同じく本来の予定通りにヘリウムを使用していたら別な飛行船の歴史があったかもしれない。
ヘリウムは希少物質でアメリカでしか生産していなかった。ヘリウムは宇宙的には水素に次いで二番目に多い物質で、最初に太陽の分光分析で発見されたように、太陽にも多いが、地球上では天然ガスに僅かに含まれているだけです。だから非常に高価だった。もっとも水素飛行船にもメリットはあり、ヘリウムより軽いのでペイロードに余裕が出来る。安価なので、操船で浮力を減らしたい時に気楽に排出できた。ヘリウムは高価で補充が容易でなく、捨てるのは厳禁だったらしい。羽衣丸は損傷修理も含めて相当な損害と思われる。マダムもアタマが痛いかな?

マダム「経費削減のために水素使うわよ!」

とかなりませんように。('-'*)

さて、羽衣丸の「クラウドベース」化(知っている人いるかな?)についてちょっと考察してみよう。あくまでも大ざっぱな推測なので数字おおよそのものである。

まずドイツの飛行船LZ129ヒンデンブルクを見てみよう。全長245m、幅41.2m、容積20万m3という巨大な飛行船である。容積をガス嚢の容積だと単純化すると20万m3の空気がもつ質量は240トンとなる。水素ガスは17トンだからヒンデンブルクの浮力は最大で223トンである。ヒンデンブルクのペイロードは資料によると60トンである。つまりあれだけ巨大だけど、船体の重量は163トン以下しか無いという事になる。予備浮力が必要だから船体構造は実際にはもっと軽く作られている筈だ。見た目は空飛ぶ戦艦だけど船体そのものの自重は100トンそこそこしかない事になる。
世界一周したグラーフツェッペリンは容積が半分の10万m3しかない。ペイロードは30トン、積載量が容積に比例している事が判る。ただし、容積あたりの構造重量は飛行船が大きくなるほど低減傾向にあるらしい。以上は水素を使用した場合だが、ヘリウムを使うと重いので1割程性能が低下する。
ヒンデンブルク程度の性能では空母運用は不可能だと思われる。もっとも相似形だけど、羽衣丸はヒンデンブルクより遙かに大きい。仮に全長で2倍の490mとすると容積は8倍の160万m3となり、ヘリウムを使った場合の浮力理論値は1650トンで、幅はあるがペイロードは500トンくらいになりそうである。ネットでは全長400mという推測もあった。羽衣丸は全長でヒンデンブルクの約2倍というのは妥当な推測ではないかと思う。
ざっくり船体重量1000トン、積載量500トンといったところ。船体構造について船体巨大化による重量比の低減が見込めるので、飛行甲板や航空機運用のための諸設備の重量もクリアできそうな気がする。これならば工夫すれば「クラウドベース」羽衣丸が実現できるのではないか。パイロットは女の子だし。飛行甲板は自衛用の航空機搭載用でもあり、500トンの貨物積載スペースと考えると納得いく。500トンあれば10機程度の戦闘機と燃料や交換部品を積んでも余裕があるだろう。コトブキ飛行隊だけならば、貨物も多く搭載する事が可能だと思われる。

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LZ130グラーフツェッペリンUの解説図。これは世界一周したLZ127ではなく、LZ129ヒンデンブルクの姉妹船です。ヒンデンブルクの事故のために結局就航する事はありませんでした。形状は羽衣丸に良く似ています。羽衣丸はこれを拡大して下部の旅客区画に全通飛行甲板を通している。飛行甲板の両側に居住区があるのでしょう。搭載している機関はディーゼルでした。余談ですがLZ127の動力だけはちょっと特殊で、LPGのようなブラウガスというガス燃料を使う機関を搭載していました。

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建造中のLZ127グラーフツェッペリンです。硬式飛行船の精緻を極めた構造が凄いです。初期の構造材はアルミニウムでしたが、後にジュラルミンになったそうです。荒野のコトブキ飛行隊の世界ではユーハングから持ち込まれた超々ジュラルミンが活用されているかもしれませんね。


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2019年03月03日

駆逐艦不知火の錨

先日、海上自衛隊の「あさひ型」汎用護衛艦「しらぬい」が就役しました。「しらぬい」は漢字で書くと「不知火」であり、帝国海軍時代の駆逐艦を含めると三代目になります。両国で初代の錨が保存されていると聞いて行ってきました。
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場所は両国小学校です。両国小学校は小説家芥川龍之介の母校であり、その文学碑があります。駆逐艦不知火の錨二つがその脇に展示されていました。道路から見ることができますが現在はネットが張られていてやや見にくくなっています。
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錨は2つあり、保存状態は比較的良いです。これは1つ目。
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2つ目の錨です。
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錨の由来を書いたプレートもあります。除籍されたときに購入してスクラップとして解体した業者がたぶん隅田川沿いにあって、近くの小学校に寄贈したようです。
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錨の上部。不知火の錨は「マーチンスアンカー」という形式で大きさは違いますが戦艦三笠の錨とほぼ同形式です。上部に鋭角的な突起(ストック)があるのが特徴で、主に19世紀後半の艦艇で多用されましたが、20世紀に入ってからストックレスアンカーにとって代わりました。
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中部。やや旧式な形式の錨であると言えるでしょうか。
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下部。確認出来ませんでしたが、刻印があり、BROWN LENOX & C(ブラウン レノックス社)というメーカー名と1898年という製造年が読み取れるそうです。
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初代駆逐艦不知火は東雲型の4番艦で1899年5月13日、イギリスのソーニクロフト社で竣工し、当初は水雷艇とされたが後に駆逐艦に類別された。1904年、日露戦争が勃発した際には第2艦隊第5駆逐隊に所属しており、旅順口攻撃、黄海海戦、日本海海戦、樺太の戦いなどに参加した。1922年4月1日、特務艇に編入。1923年8月1日、雑役船に編入され、1925年2月25日に廃船となった。 326トン、30ノット。日本最初の駆逐艦グループ12隻のうちの1隻だった。艦首がタートルバックになっているのは最初期の駆逐艦の特徴です。
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駆逐艦不知火(しらぬい)三代は駆逐艦の歴史を体現していますね。新しい「しらぬい」の活躍を祈ります。

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2018年07月22日

ヒットラー少年

後藤修一さんがお亡くなりになりました。非常に残念です。御冥福をお祈りいたします。
後藤さんには色々な側面がありますが、水木しげる先生の感想をご紹介しましょう。

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『日本読書新聞』1984年4月30日号
「わが友 ヒットラー少年 鬼太郎と桃太郎をあわして……」

 後藤修一氏は、一四、五年前だったか、ぼくが「ヒットラー」をかこうとしたとき、桃太郎のような顔をして突然現れ、「ヒットラー」の漫画が出れば世界中で、ぼくが一番喜ぶでしょうな」といったような、独話とも夢話ともつかぬ言葉を発し「ヒットラー」のストリーについて、無料で全面奉仕するから協力させてくれということだった。
 たしか高校三年位だったろうか、話をきくと「ヒットラー」のこととか、戦争のことなどだけでなくドイツ文化≠ノついてもくわしかったとつけ加えておく。氏は、それ以来毎週のようにあらわれ、ヒットラーについてのシナリオやら助言を桃太郎のような顔つきで、されるのだった。
 我が家では誰いうとなく、氏をヒットラー少年≠ニ呼ぶようになった。それほど氏は、ヒットラーについてくわしく……というより「ヒットラー」から生まれた少年みたいだった。その頃、「漫画サンデー」に連載していた「ヒットラー」が長かったから、しぜん親しくなり横浜の伊勢佐木町のハンドバックやカバンを売っているお店にうかがった。ハンドバック屋の三階の屋根裏部屋みたいなところが氏の部屋だった。一人息子らしく部屋を全部占領していてかなり広く、友達なんかいてにぎやかだった。氏は鬼太郎と桃太郎を合わしたみたいな顔でニヤニヤしておられたわけだが、世の中には変わった少年もいるものだというのがぼくの印象だった。
 話は戻るが、二、三年前からぼくのアシスタントの友人と称する丸坊主の男が、ぼくの家に出入りしはじめていた。とにかく、入道のような坊主で下駄をはいていたのだから、ひどく目立つ。又この坊主はよく電話をかけてくる。その電話のかけ方が、少年とは思えぬほど落ちついているのだ。世の中には面白い人がいるものだと思っていると、なんとこの坊主は「ヒットラー少年」の知合いだったと聞いておどろいた。しかも、お互にかのゴジラとかキングコングといった特集もののなどについて、バカにくわしい。しかも、その坊主が日本で一番くわしい、という話をきかされ二度おどろいた。
 その後「ヒットラー少年」は、ナチス時代の軍需相のシュペーアとか、親衛隊長ヒムラーの娘などとドイツに行って話をしたり、日独協会の青年部の委員長になったりして、大へんなドイツ通になっておられる。全く年月のたつのは早いものだ。マスコミのみなさま「ヒットラー」のことについて知りたいことがあったら、ゼヒ後藤修一氏にきいて下さい。

水木しげる
マンガ家

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2018年07月14日

平成30年7月豪雨

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平成30年7月豪雨で犠牲になった方々の御冥福をお祈りし、被災された方にお見舞い申しあげます。
なんであんな記録的な豪雨が発生したのか?自分なりに勉強してみました。気象学の知識が無いので間違っているかもしれませんが。
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2018年07月07日

花崗岩と真砂(まさ)

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中国地方のオートバイ乗りが、山道を走っていて悩まされるのが、路肩でツルツルすべる、まるでビーズをまいたような砂です。これは真砂(まさ)に由来したものですね。現在進行中の水害は凄まじいものですが、中国地方で土砂災害が多発している原因のひとつではないかと思うのです。
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