2018年04月01日

横浜船渠(軽巡那珂と空母龍驤の生まれ故郷)その2

以前にこんなコンテンツをアップしたのですが。
http://haruna-blog.dojin.com/article/99720104.html
昨日、みなとみらいに行ったので改めて補足します。今は整然としたみなとみらいも昔はこんな感じでした。
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2018年03月31日

柳原良平アートミュージアム

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2015年にお亡くなりになった、船舶マニア(自称船キチガイ)である画家柳原良平氏の作品や遺品を展示する博物館がオープンしたので、早速行ってまいりました。
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実は私は結構柳原氏の本を持っています。しかも、これらは小学生の頃からの愛読書でした。「船の本」は何度読み返したか判りません。私は船が好きですが、それは柳原氏の影響が大きいと思います。船の特徴を捉えつつ、デフォルメされたイラストも大好きでした。
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ミュージアムはみなとみらいにあります。みなと博物館に併設されているのです。日本丸の周囲は桜が綺麗でした。なぜかZ旗も翻っています。
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この鮮やかな色の桜は横浜緋桜(ヨコハマヒザクラ)という横浜で生まれた品種だそうです。
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染井吉野(ソメイヨシノ)も満開でした。
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旧横浜船渠の第一ドックに保存されている日本丸がお出迎え。みなと博物館と柳原良平アートミュージアムは同じ場所にあります。
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みなと博物館と入口も共通でした。
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キャプテン・アンクルもお出迎え。今日は横浜市民はみなと博物館も含めて無料だそうです。先着200名に記念品を渡すイベントもあったらしい。展示は多岐にわたるものでした。柳原氏の初期の作品も多く展示されていました。多くの人はデフォルメされたイラストのイメージが強いと思いますが、初期の作品はカッチリ描かれたリアルなものが多いです。非常に多才な方であり、職業画家、イラストレター、商業デザイナーだけでなく、アニメーターであり、漫画家でもあり、エッセイストでもありました。特撮映画まで自主制作されています。そして、何よりも「船キチガイ」でした。昔はキチガイという言葉はネガティブなイメージばかりではなかったのです。柳原氏は船の本で「船キチガイ」について書かれているので引用してみます。これは1968年に出た本である事を念頭において読んで下さいね。

今、子供に人気のあるのは怪獣である。ギララ、バルゴン、ウルトラマン……。さてこういう子供の中でサラリーマンになってもまだ怪獣が好きなのがいたらどうだろう。彼はきっと怪獣キチガイのレッテルをはられ、みんなから変わり者だと思われるに違いない。ボクの船キチガイはそれだ。子供ならばちっとも不思議じゃないが、大人になるまでしつっこく好きでいた事が変テコなのである。だいたい大学の受験勉強をする頃になってもまだ子供の遊びの消えないヤツはキチガイの域に入ってきたと見ていい、とボクは結論を出した。

まさに現在の「オタク」を予言したような文章ではありませんか。

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柳原良平アートミュージアムオープン記念限定メニューのトリスハイボールだそうです。これは飲むしかないですね。トリスを飲んでハワイに行こう!!です。
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実は私はもうかなり前になりますが、柳原良平氏に一度だけお会いした事があります。関内の本屋さんで買い物をした帰り、同じビル内の画廊で柳原氏の個展が開かれていたのです。入って絵を眺めていたら、受け付けの女性が「今日は初日なので奥で立食パーティーをやっています、よろしかったら参加されませんか」と言われて、恐る恐る会場に入ったら、柳原氏がいてニコニコと「よくいらっしゃいました」と挨拶されました。凄く緊張していたので「ありがとうございます」と言っただけでしたが、本当は、子供の頃からファンでした、あなたの著書を読んで船が好きになりましたと言いたかったのです。


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2018年03月25日

金色の錨(航空母艦ロナルド・レーガン)

桜をみに横須賀に行ってきました。ヴェルニー公園は桜と軍艦を一緒にみる事ができます。
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なかなか良い雰囲気ですね。
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昔から桜と錨は海軍の象徴ですね。
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せっかくなんで軍港巡りにも行ってきました。航空母艦ロナルド・レーガンが停泊していました。アイランドに足場を組んでメンテナンス中のようです。
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観ていて不思議な事に気がつきました。レーガンの錨が金色なのです。
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正面からみると片側だけが金色です。反対側は艦体と同じ色ですね。どうもペンキ塗り立てという雰囲気がしないでもありません。
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果たしてこれは何なのでしょうか?調べてみたら次のような記述が英語版ウィキペディアにありました。

https://en.wikipedia.org/wiki/Retention_Excellence_Award

「Retention Excellence Award」というのがあるようですね。以前は「Golden Anchor Award」と言われていたそうです。年間でもっとも乗員定着率が高く乗艦志願者も多い艦に与えられる賞で、錨を金色に塗る栄誉が与えられるとのこと。乗員に人気のある艦という事でしょうか?

駆逐艦だったら楽そうですが、レーガンクラスの艦の錨を塗り替えるのは大変そうですね。

アメリカにドナドナされていったフィッツジェラルドに換わって、シンガポールからドナドナされてきたマケインが現在入渠中です。
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楽しい午後でした。
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2017年11月26日

本日の駆逐艦フィッツジェラルド

損傷していた駆逐艦フィッツジェラルドをアメリカ本国へ回航するために重量物運搬船への搭載はすでに完了しています。今日はそれが観たくて横須賀軍港巡りの観光船に乗ってきました。ちょっと方向が悪いのと距離があるのでコンパクトデジカメではこれが精一杯でした。それでもこれだけ大きな艦を別な船に搭載するのが観られるのは貴重な経験です。
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2017年08月06日

鎌倉シン・ゴジラ幻想

ちょっと時間があいていしまいましたが、鎌倉のシン・ゴジラ聖地巡礼写真です。

ゴジラ第四形態出現シーン。江ノ島の脇を通過して鎌倉に接近。
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江ノ電長谷駅付近、人々が避難していたシーンに登場。
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ゴジラが鎌倉に上陸した場所。
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ゴジラが陸に第一歩。手前の船も登場していた。
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文学館付近。ゴジラは江ノ電に沿って進行していたようだ。
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鎌倉駅南側の商店街、ゴジラの尻尾が上を通過する。この辺りからゴジラは横須賀線にそって進行。
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横須賀線にそってゴジラは北上して亀ヶ谷の切り通し付近を越えて北鎌倉方向に抜けたと思うのだけど、巨体での山越えは大変だったのではないかと思います。
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本日の駆逐艦フィッツジェラルド

本日の駆逐艦フィッツジェラルドです。横須賀基地の第四船渠に入渠中でした。
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第四船渠は帝国海軍が明治時代に作った大型船渠で、後に拡張されて明治時代の戦艦や装甲巡洋艦が入渠できるようになりました。昭和の頃は重巡洋艦クラスが主に入渠していたようです。
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2017年08月04日

日ノ出町駅のふしぎ(続)

戸部駅も調べてきました。戸部駅は、日ノ出町駅や平沼駅と違って島型のホームになっています。
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島型のホームなので、他の駅とやや異なった構造です。ただ新旧ははっきり見分けられます。これは横浜方向を望んだところ。手前の古めかしい鋲構造の柱を境にして奥が新しい拡張部です。
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これは横須賀側のホームの拡張部の境界です。鉄骨構造が異なっているのが判ります。この範囲が昭和6年の開業当時のホームなのでしょう。歩測で測ってみると50m弱ありました。平沼駅や日ノ出町駅とほぼ同じです。
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境界部のクローズアップです。新旧がとても判りやすいですね。昔の鉄骨構造の方が優雅なデザインに見えます。
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屋根と接している部分には一部に古レールも使われていますが、基本的にはトラスを併用した普通の鉄骨材を使用しています。島型ホームで屋根を片持ちで支える都合上強度が必要だったのだと思います。とはいえ昔の鉄骨構造は鉄板を鋲接して複雑な形を組んでいるので大変そうです。
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戸部駅から野毛(横須賀側)のトンネル方向を望んだところ。トラスの架線支持構造物は開業当時からのものと思われます。
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補足)
日ノ出町駅の跨線橋に使われている古レールに刻印がよく見えています。
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BV&CoLD 1900 KR という文字がはっきり見分けられます。先に見つけたレールと同じですね。英国ヨークシャー州のミドルスブラ「ボルコウ・ボーン株式会社」(Bolckow, Vaughan & Co.)が関西鉄道のために製造した1900年製の鉄道レールです。まだ日本が鉄道レールを製造できなかった頃。ヴィクトリア女王が存命だった19世紀の鉄道レールです。
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2017年07月30日

日ノ出町駅のふしぎ

京浜急行電鉄日ノ出町駅はちょっと変わっています。品川側が直ぐにトンネルですし、ホームが異様にカーブしています。ホーム中間範囲の屋根と架線を支持している構造物は古いレールで出来ています。これは品川方向を望んだところ。
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これは横須賀側を望んだところです。新しい鉄骨とレールの構造物の境界が見えます。
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良くみるとレール構造物と鉄骨構造物の境界でホームの形式も異なっています。レール構造物の範囲はホームが駅の構造物と一体ですが、鉄骨構造物部分は、明らかに後から追加されたものです。調べて見ると、昭和6年に湘南鉄道の始発駅であった黄金町駅に、京浜鉄道が野毛山にトンネルを掘って横浜から線路を伸長させました。日ノ出町駅はその時に新設された3つの駅(他は戸部駅と平沼駅)の1つです。レール構造物の範囲は当時のホームでその後に拡張されたのでしょう。歩測で測ってみたところ50m強の長さしかありませんが、当時はそれで間に合ったのでしょうね。ホームが短かった時はカーブもさほど影響無かったのでしょうが、現在は色々と安全上の苦労もありそうです。
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横浜駅に近い平沼駅は、横浜大空襲で大損害を受けて廃駅となりましたが、ホームは現在も残っています。老朽化で撤去されましたが、何年か前まで架線支持のためにレール構造物が残っており、形状は日ノ出町駅にそっくりでした。ホームも非常に短くて昔の日ノ出町駅もこんな感じだったのでしょう。
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古いレールを使った構造物は、いわば廃材利用と言えますが、複雑に組み合わさってアーチを描く姿はとても優雅で美しいですね。鉄骨建材が高価だった時代に古レールはポピュラーな材料でした。
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品川側の跨線橋にも古レールが使われています。
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上り線側昇降口脇の柱にはタイルモザイクで描かれた三浦半島の地図があります。
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裏にも地図がありました。古レールがアーチを描いています。新しく三浦半島を結ぶ駅という意気込みの象徴でしょうか?
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タイルモザイク地図は良くみると細かく表現されています。日ノ出町の位置のタイルが黒色です。
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ところで、この古レールの由来は判らないでしょうか?メーカーはどこか?年代は?何か手がかりがないかとウロウロしていたら、親切な駅員さんが刻印が残っている場所がありますよと教えて下さいました。確かに何かが見えます。
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読みにくいので、フォトショップでコントラスト強調してみたら、以下の文字が浮かび上がってきました。
BV&CoLD 1900 ?R
ボルコウ・ボーン株式会社(Bolckow, Vaughan & Co.)という英国イングランド北部ヨークシャー州ミドルスブラという都市にあった製鉄会社のようです。1900年製造ですから今から120年近く前の鉄道レールなのですね。最後の略号は発注した鉄道会社を示すようですが、はっきり読み取れませんでした。IJRであれば大日本帝国官営鉄道(国鉄)となります。八幡製鉄所が稼働して鉄道レールの製造を始めたのは1901年の事で、完全に国産に移行したのは1926年だそうです。このレールははるばる海を渡って英国からやってきたと思うと、見る目が違ってきますね。('-'*)
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というわけで今日も赤い電車が走ります。
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補足)
日ノ出町駅、開業直後の昭和7年の写真を発見しました。やはりホームは今より短く、古レール製の架線支持構造物も現在のままです。どうも手前にあるトラス式架線支持構造物もそのままらしい。ホームが伸長した時に埋め込まれているようです。
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補足2)
発注者記号は最後のRしか判らなかったのですが、KR(関西鉄道)でした。関西圏のJRの元となった明治時代の鉄道会社ですね。跨線橋にもボルコウボーン1900年製レール(関西鉄道)が使われておりこらは刻印が良く残っています。
補足3)
レールに刻印があったボルコウボーン株式会社「Bolckow Vaughan&Co.Ltd」について。イングランド、ヨークシャー州のミドルスブラという町にあった製鉄会社だそうです。ミドルスブラはクエーカー教徒がつくった町で、地元の豊富な鉄鉱石と石炭の鉱床を利用した製鉄会社ボルコウボーン株式会社が発展しました。先進的な高炉技術によって成長して、日ノ出町駅の古レールを製造した1900年頃は世界有数の製鉄会社だったようです。しかし、第一次世界大戦の製品の多様化と技術革新についていけず1929年に倒産しました。ほとんど消滅といった感じだったようです。日ノ出町駅ができた1931年にはもう会社は潰れていた訳ですね。諸行無常。



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2017年07月11日

日本郵船美人三姉妹

横須賀美術館の特別展は横須賀らしく「美術で巡る日本の海」でした。海に関連した絵画等が色々と展示されていたのですが、小磯良平のこのポスターは有名ですね。日本郵船の新鋭客船「新田丸」「八幡丸」「春日丸」を美人三姉妹に擬人化したもの。ちなみに彼女達の頭文字を合わせるとNYKとなって日本郵船の英語略称になります。艦これ提督ならばもちろん春日丸(航空母艦大鷹)はご存じでしょうけど、他の二人も航空母艦沖鷹(新田丸)、航空母艦雲鷹(八幡丸)となりました。そして全て戦没したのです。
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横須賀美術館

観音埼にある横須賀美術館に行ってきました。ガラス張りの非常に美しい建物です。
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目の前には浦賀水道が広がっています。海を観ながらイタリアンレストランで食事もできます。
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天気も素晴らしかったです。これほど視界が良いのは珍しいですね。
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船がひっきりなしに通過しています。自衛艦の姿も見えました。
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対岸の千葉も良く見えます。
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これは第一海堡ですね。
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